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このブログについて

こんにちは、すあまです。
あだなですが、なんで、「すあま」かというと、ほっぺたが和菓子のすあまに似ているからなんだそうです。
もともと、元ちとせさんががアンコールで弾いていた三線に興味を持ち、
沖縄三線と奄美三線の音楽の違いも分からず、ネットで検索した島袋りりあ先生の写真付きだったマザーシップのサイトをブックマークしたのが2004年の4月ごろ。
8月の終わりごろ、武蔵小杉のユニーの中のカルチャーセンターで開かれていた、島袋りりあ先生の三線講座へ見学に行きました。
写真の印象とは違い、よく喋り、笑う方だなと思ったのが第一印象。
受付では見学は10分ぐらいと聞いていましたが、先生が
「いーのよ、10分だと練習始まらないんだから、半分ぐらい話しているときもあるかしら、がはは」と、冗談なんだか本当なんだか分からない、(カルチャセンター的にOKだろうか)ことを仰るので、
結局最後までいました。
初めて聞く、安里屋ゆんたと十九の春、三線という楽器の重み。
楽器をやったことがなく、沖縄にも行ったことがなく、沖縄の唄も全く知らなかった自分には、とても素晴らしく感じられましたが、自分に楽器なんかできるかどうか、やっぱできそうにないなぁと思いました。
会社の時間が厳しいので、別の時間の講座はありませんか?
と聞いたところ、その日の夜にあった、マザーシップという教室を紹介してもらいました。

その夜、マザーシップに伺ったところ、先生が何度も何度も教えてるために歌っているのを聞いて
ライブみたいだなぁ、見学でこんなに聞けるなんてなんて贅沢なんだろうと思いました。
そこでは練習後に近くのお店で飲み会があり、誘われた私は多少緊張しつつも、喜んで参加しました。
めでたく入会し、その後、いきなりの祝節や瀧落菅撹なんかに困りつつも、永良部百合の花や、かなさんどーといった好きな唄が出来たおかげで、早く唄いたくなり頑張って好きな唄の楽譜をたどっていました。隣の部屋にいた弟は今でも
その過程を覚えていることでしょう。

沖縄を習い始めて3ヶ月ほど経ち、沖縄と奄美の島唄の違いもなんとなく分かってきたころ、やはり奄美の唄を習いたいという気持ちが出てきました。そんな時にマザーのH氏に誘われ、奄美へ男二人で旅行へ行きました。そこで泊まった、たつや旅館に偶然、中学生の部で民謡日本一になった澤 愛香さんとそのお母さんが泊まっておられました。その素晴らしい歌声を聞き、奄美の唄を習いたいと言った私に澤さんのお母さんがその場で東京に電話していただいたのが、今の先生なのでした。
早速、学芸大学の教室に通いだしたのはよかったのですが、バチは沖縄の牛の角と違い、焼き鳥の串のような貧弱な竹だし、左手の動きは複雑だし、唄ももちろん分からないし、始めのうちはかなりストレスの溜まるお稽古でした。それでも沖縄を三ヶ月でもやっていたせいで、少しはなじみやすかったです。

そんなこんなで、ブログに書いたようないろんな縁ができつつ今に至ります。沖縄居酒屋で勉強で歌わせてもらったり、老人ホームで歌ったり。

なかなか上達しませんがゆっくりやって行きたいと思います。


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Posted by suama